2012年06月26日

6月20日 基礎科夜間部(河村)

「今日も私達は赤坂へ」

始まりました!
基礎科の最終目標である、1時間ものオリジナルシナリオ!
まずはプロットを書き先生方に講評を受けます。
何が苦悩するかって、実はストーリーよりその人物造型が大切なのだ!
そうだ!物語が人を動かすのではなく、人間が動いて物語が動くのだ!

敬愛する橋本忍さんの本に「私はキャラクターを作ろうと考えた時、何十人もの街行くあらゆる人を尾行して、その人それぞれの仕草などを研究した」
みたいなことが書かれていた……よっしゃこれや!
っと、いざやってみるとかなり怪しいわたくし(汗)
だって専門学生の頃は歩いてるだけなのに何度もお巡りさんに職質を受けたんだもん!
もうその流れだって知ってるさ。これ出してあれ見せてでしょ♪
そんなこんなで女性を尾ける時は気を付けなきゃ。

河村の前を歩く女性。チラチラっと気にするように後ろを振り返る。
ヤバイ!怪しまれてる!
こりゃ追い越すしかない!と歩調を速めると女性も同じタイミングで速める。
いかん!
「待って待って!いま追い越すから!僕は怪しくないですよ!」
あ!シナリオの鉄則。
簡単にセリフで説明するなだ!
うーん、どうしよう。
いっそ歩調を緩めるか。っとすると!当然の如く相手も……。
ちくしょうどうすればいいんだ、彼女にどうやって怪しくないと伝える!考えろ!アクションで示せ!
メールチェックのフリして立ち止まるか、靴ひもでも結ぶフリをするか、いや、いっそ道を聞くという強行策に出るか……。
いかんいかんさらに怪しまれるぞ!
う〜ん、わからん!
もうここを右折する!
ってなんでおれが遠回りして帰らなきゃいけないんだぁ〜!
実は、夜に一人歩きしてる女性の安否を気遣って見守ってるんですよって思っててもそりゃ相手には伝わらず……。
(それが怪しいか 汗)
シナリオもプロットも自分の想いや世界観が相手に伝わるように書かなきゃならないものなのだ。
なんだ!?人に伝わるシナリオとは!?なんなんだ!?人の心を揺れ動かすシナリオとは!?

それを日々、僕たちは先生や生徒のみんなに叱咤激励を受けながら模索しているのであります。
そんな中、斎藤先生から一案が。
『自分たちで撮ってみれば?書いた物を』
そうか、それいいですね!
実際僕たちは紙の上でしか人物を見てないし、どうゆう映像にしたいか明確なイメージを持ってない。
僕たちは小説を書いてるのではなく、映像の設計図とも言われるシナリオを書いてるんだ!
だったらこの物語を映像にした時にどうなる?本当に人間ってこんななの?
これはとってもいい実践課題じゃないですか!
みんなで楽しみましょう♪
いま、各々が撮るための短いシナリオを書いています。
自分たちで書いて、撮って、演じる!
仲間の中には、こんなにドキドキするのは久しぶり!やり残した青春を取り戻してるかのよう!
という声が。
そうです、映画やドラマの根本は人間のファンタジーです!ハラハラドキドキです!
僕たちは夢や希望を描こうとしてるのです!
1895年にリュミエール兄弟が作り出した『工場の出口』や『列車の到着』から映画が誕生し、
私達は数多くの先人が残してきてくれた、数多くの映画によって感動させられてきました。
映画ってとってもいいものですね!
ちくしょう、絶対プロになってやる!

それではまた、さよなら、さよなら、さよなら。



posted by シナリオ講座 at 15:46| 12年春 第59期基礎科 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

6月20日 基礎科昼間部(祐原大樹)

<座ったままじゃなくて、動け、とくに藤竜也が>
<「わかりました。私がオペしましょう」って。医者同士でわざわざ手術を「オペ」って言わないでしょうが>
私はTVの前で叫んだ。

ふだん、TVドラマや映画、芝居に「この状況でこの言い方はないわな」とか「そんなに思ってる事をペラペラ話すのはおかしい」「みんながみんなずっと棒立ちでしゃべり続けるわけない」などとツッコミながら観ている人は多いと思う。ほとんどの人がそうだと思う。

他ならぬ私もそういう細かい事が気になるタチで、子供の時分からドラマや映画にツッコンでいた。
逆に、感銘を受けるシーンも、例えば「喫茶店で愛人をなだめながら、生クリームのビンに砂糖を何杯も入れてそれを舐める銀行のエリート支店長(津川雅彦)」(伊丹十三・あげまん)といった物語の本旨とは無関係の部分で、「立身出世した後も、戦中、戦後の貧しい時代を忘れられない男のクセが表れている」などとよく感嘆したものだ。

日常的に接している知人、友人にこういう事を興味を持って議論してくれる人は少ないし、とくに最近のTVドラマではあまり考慮されていないように思う(いや、私が気づいていないだけなのか)。

無いんなら、自分で書いてやろう。そういう議論をしてくれる同輩を見つけよう。また、シナリオ作家は何をどう考えて創作しているのか、を見定めよう。という尊大かつ「井の中の蛙」的な動機から講座に参加した。
実際に講座を受けてみて、これまでに身に染みて身にわかったのは、シナリオの要諦は一にも二にも十にも「プロット」であり、その本質は「登場人物の感情のうねり」ということだ。先述した私のツッコミや感嘆のごときは枝葉末節、まずもって、作家は物語の骨格づくりに全力を傾注しなければならない。考えてみれば当たり前のことだが、諸先生方に口を酸っぱくして言われて、ようやくそれを「念頭に」置けるようになってきたところである。

毎週、他の受講生の方々が書いてくるプロットは実に多彩で、昨今ならではのご近所トラブルをリアルに描いたもの、はかない恋愛ファンタジー、近・現代史を裏面から照射したような骨太なものまで、読むたびに刺激的であると共に、自身の想像力の貧困を思い知らされる日々だが、何とか食らいついて行きたい。

と、このブログも本質(その日の授業)からずれてしまっている…すみません。




posted by シナリオ講座 at 15:41| 12年春 第59期基礎科 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月19日

6月13日 基礎科昼間部(相木悟)

僕は小心者である。
のっけから、どうでもいい情報の開示であるが、広い心でご容赦願いたい。

今回の授業も依然、鈴木智先生による講座生が提出したプロット(1時間モノ)の講評だ。
講座生の皆さんは、毎回、新しいアイディアを先生に向かってぶつけており、多岐に渡るジャンルの企画に、先生はそれぞれ的確なアドバイスを投げ返していく。
自身のキャパを越える他者の発想に触れ、プロの指導を仰ぐフィールドに立ち会う瞬間こそ、シナリオ講座ならではの妙味といえよう。
貴重な経験値は、決して無駄にはなるまい。

僕も前回に引き続き、先生のアドバイスに基づいて改定を重ねたプロットをしつこく提出。
今回こそ、ある程度ストーリーとしてまとまったのではないか、とちょっぴり自信を持っていたのだが…、結果、ダメ出しの嵐となった。
僕のプロットを今回初めて読んだ受講生の方々からも、ドキリとする意見が飛び交う。
どうしてこうなるんだ!という先生の苛立ちと落胆がしみじみと伝わってき、心なしか先生の背後に半透明の不動明王が見え、実に怖かった。
それもそのはず、主人公の描き込みが足りず、先生の説くところのメインストーリーとサブストーリーのメカニズムが不鮮明で起用していなかったのだ。
要は、作劇術の基本がなっていないのである。
あまつさえ自信をもっていた数分前の自分に、延髄斬りをかましたいぐらいである。
なぜ、こんなことになったのか?

私生活では稀代の小心者である僕は、常に最悪の事態を想定して生活している。
例えば先日。
渋谷の映画館でレイトショーを観た際、鑑賞後、あろうことか、ひとつの鍵束にまとめていた自転車と自宅の鍵がポケットからなくなっていた。
緊急事態である。
とはいえ、冷静に考えれば、自転車は映画館前に駐車しており、そこから劇場内の範囲で落としたことは自明の理。
簡単に見つかるだろうとタカをくくっていたのだが…、ザッと探してもどこにもない。
映画館のスタッフに、鍵の落し物がないか尋ねてみると、困惑気味に首を振るのみ。
荷物の中身をひっくり返し、眼を皿のようにして丹念に道筋を辿るも一向に見つからない。
その間、映画館のスタッフは、最近行ったイタリア料理店の話で盛り上がっている。
「どうせこちとらイタリア料理といえば、サイゼリアしか縁がねーよ!っていうか、ちょっとは探すの手伝えや!」と心の中で毒づきながら劇場内をイモリの如く這って捜索するも、鍵は出てこない。
見つけたのは、埃に塗れた50円玉のみであった。
これは一体どうしたことか。四次元に鍵束が吸い込まれたとでもいうのか?
本格的にヤバイ!自転車はまだしも、このままでは家に入れない!
…と、普通に考えれば絶望的状況なのだが、ここで小心者である僕の性格が功を奏すこととなる。
そう、こんなこともあろうかと、僕はバイト先のロッカーに自宅と自転車の合鍵を備えていたのだ!

談笑する映画館のスタッフを軽く睨みながら、急いで市ヶ谷のバイト先に向かい、合鍵を回収。
そして再び自転車を取りに渋谷の映画館に舞い戻り、一件落着となるはずが…、
ここからがさらなるアクシデントの始まりであった。
映画館は渋谷の円山町の中にあり、知っての通りラブホテル街である当地は、時間が時間だけにカップルだらけ。
まさに現代日本のデカダンス。
つい最近、『恋の罪』(11)をBlu-rayで観直した経緯もあり、街が妙に艶めかしく写った次第である。
ここで神楽坂恵に出くわしたら、誘惑をはねつけることが僕に出来るだろうか?と、ありえないシチュエーションを思い描いていた僕の脳裡にその時、「キャラを造るには、一重に人間観察すべし」という先人の格言が突如ひらめいた。

という訳で、カップルをしばし観察することに。
これが意外に面白く、「あれは不倫だな」「あれは幼馴染だな」「あれは倦怠期だな」「あれは逃走犯だな」等々、勝手な妄想を膨らませながらブラブラ歩いていると、案の定…、低い男の濁声が夜空に木霊した。
「なに見てんだよ、テメー!」
因縁をつけてきた男は、『北斗の拳』に出てくるザ・雑魚キャラ風のモヒカン(便宜上、ヒデブ男と命名)。連れの女の子は、全盛期の有馬稲子とトイ・プードルを足して二で割ったような面容であった(悔しいが、ちょっと可愛かった)。
「なにジロジロ見てんだよ、文句あんのか、コラ」とヒデブ男。
「は?口のきき方に気を付けたまえ。ケンカは相手を見て売ることだ」と紳士的に言い返し、通信教育で習得したジークンドーでお灸を据えてもよかったのだが、ここで拳を痛めてキーボードが打てなくなったら困る。
よって、「すみません!」と直角に体を折り、光速の動きで逃走した。
命拾いしたな、ヒデブ男よ。
そんなこんなで、自転車で自宅に帰り、波乱の一日を終えたのであった。

後半、関係のない武勇伝に話がそれたが、この鍵紛失事件が示す“備えあれば憂いなし”の心がけがプロット執筆に欠けていたと言わざるを得ない。
プロットを書いているのか小説を書いているのか、霧中をさまようような錯覚に襲われ、「シナリオを書いた方が早いのに!」ともどかしくなることがある。
しかしその見切り発車が、結局、シナリオ執筆上の危機を招く事実が、プロットの改定作業で身に染みて分かってきた(ように思う)。

まだまだ出口は見えませんが、がんばります。

ちなみに賢明なシナリオ修験者ならお気付きのことと思うが、本稿は回想シーンの使い方の悪い見本である。
回想シーンの使い方には、お互い重々気を付けましょう。



posted by シナリオ講座 at 19:24| 12年春 第59期基礎科 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月12日

6月6日 基礎科昼間部(相木悟)

突然ですが、『いわもとQ』なる蕎麦屋さんをご存じでしょうか?
“ありえないお店を目指す店”という微妙な文句を掲げる看板や、何を狙っているのか掴めないネーミングセンスに一瞬、引き気味になるが、実は「リーズナブルな値段で本格的な味が楽しめる」と通の間では有名な、知る人ぞ知る名店なのである。
僕は赤坂にあるそんな『いわもとQ』へ一度は行ってみたい、と常々恋焦がれていた。
憧れの店が立ち食い蕎麦屋というセコさに我ながら泣けてくるが、好運にも赤坂のシナリオ講座に通う運びとなり、来店するタイミングを窺っていたのだが…。

と、そんなどうでもいい話はさておき、授業の話である。
今回は前回に引き続き、鈴木智先生による受講生が提出した企画書(1時間モノ)の講評だ。
先生はプロットを一読し、順番に丁寧にアドバイスを述べられていく。
ポンポン出る映画や小説の具体例や先生なりのアイディアは毎回、圧巻の一言。
その博覧強記の知識ぶりに、自らの浅学ぶりを思い知らされる次第である。
手塚治虫が若人に残した、「出来うる限り、一流のものに触れなさい」というアドバイスが身に沁みる今日この頃。

それに他の受講生の方々の企画書の講評を聴いているだけでも、得るものは実に多い。
先生のプロの視点もさることながら、自身の企画書に対する受講生の方々の意見もバラエティに富んで大変参考になる。
逆に意見を述べる行為もまた然り、だ。

ちなみに僕の手掛けているプロットは、戦時中を舞台にしたオカルトもの。
前回提出の段階では、「こういう人物がいました」的な人物紹介で止まっており、今回は先生の意見を参考に、自分なりにドラマの流れを造ったつもりで提出。
とはいえ、直前までは、なぜか『特攻大作戦』(67)のノリでアクション風に考えており、突如、トランス状態から正気に戻り、なんとかマトモな形に整えた即席改訂版である。
しかし、「コレはコレで意外といいかも…」と密かにほくそ笑んでいたのだが、先生や他の受講生の方々の鋭い突っ込みに、適当ぶりがボロボロ露見。
まだまだストーリーとしての形が整っておらず、再考の厳命が下った。
当たり前の結果である。
あまつさえ自信をもっていた数分前の自分に、飛び蹴りをかましたいぐらいである。
シナリオ執筆に至るまでは、一体どれほどの道のりとなるのか。
先を思えば途方に暮れるが、それでも亀の歩みで進んでいると思いたい。
いつかガメラのように回転して、宙に飛び立つ日を夢見て。

そんな落ち込んだ心を励ます目的で、帰りに念願の『いわもとQ』に寄ることを思いつく。
が、ところがどっこい、ここでショッキングな事実が発覚する。
あろうことか『いわもとQ』は、閉店していたのだ。
なんという運命のいたずらか。
閉店日が4月27日という、講座に通い始めた頃に行けば間に合った事実が余計に悔しい。
あまりに辛辣な神の仕打ちにしばし空を仰いだが、これも「褒美にはまだまだ早い」という天のお達しなのかもしれない。いや、きっとそうだ。
改めてシナリオの勉強に真面目に取り組もうと、決意を新たにした次第である。
ありがとう、『いわもとQ』。君の名前は忘れない。一口も食べてないけど。

まあ、『いわもとQ』はチェーン店で他にも新宿、麹町、池袋にお店があるんだけどね。




posted by シナリオ講座 at 13:27| 12年春 第59期基礎科 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月01日

5月30日 基礎科夜間部(中野彰大)

今回から港岳彦先生によるシナリオの基礎の講座が始まりました。
港先生第一回目は様々な著名の人の言葉、そして港先生の言葉を合わせてご教授して頂きました。
話を聞き創作意欲が沸き描きたい描きたいと思って家に帰ってさぁ描くぞ!となります。
しかし描けない、上手くいかない、ぐぎぎぎ。

今回の講座でジム・ジャームッシュ(アメリカ合衆国出身の映画監督・脚本家)さんの言葉で
「物語がキャラクターを作るのではなくキャラクターが物語を作る」と言う言葉を聞きました。
心にずんときました。
こうこうこういう物語でこれを伝えたい!
ってなってしまうとついついキャラクターに言いたいことを言わせてしまう、直接説明させてしまうことが多い。
生きた人間を描け!操り人形にしてはいかん!と反省の毎日です。

シナリオは映像化前提で描くと言うことでその後映画になるならスタッフさんや役者さんに見てもらうことになるのです。
自分には経験がないのですが役者さんというのはやはりシナリオでそういったキャラクターの作りをしっかりと見抜くらしいです。
なのでちょっとでも疑問があると「ここってどういうことなのでしょうか!?」と真摯に質問をしてきてくれるそうです。
役者という職業なのでやはりキャラクターに対して一遍の疑問も持ってはいけないのだろうなと感心するのと同時に自分もキャラクターを真摯に描かないといけないなと反省。
キャラクターと向き合うに当たってそのキャラクターの履歴書を書いてみると良いと聞いてなるほどなと思いました。

そしてシナリオを描くにあたってとても大事なのは自分。
表現をするということは自分自身を発見することであると教わりました。
先日、5月29日に映画監督の新藤兼人さんが亡くなられました。
そして今回の講座で新藤兼人さんの言葉が出てきました。
「だれでも一本は傑作を書ける。それは自分の周囲を描くことだ」
なかなかそれが上手く出来ない、自分が描きたい事、思ったことを描いているはずなのに上手くいかない。
でもそれはやはり自分自身をわかっていないからだと実感してします。
自分を知る、自分を見つめなおし自分を見つけること。
それを常々考えるようにしていこう。
いつか傑作といわれなくても満足のいくものがかける様に。

うーんシナリオは難しい。
しかしうーんうーん唸るだけでは始まらない。
とにかく描いてみよう、たくさんのエネルギーとやる気をもらっているのだから。

講座の先生方、ゲストでいらっしゃる方々、講座の関係者様、受講生の皆様には心から感謝しております。
ありがとうございます。




posted by シナリオ講座 at 17:23| 12年春 第59期基礎科 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする